上田バロン
Illustrator / Character Designer / Art Director
デザイン会社でのグラフィックデザイナー経験を経て、2000年から独立。
Adobe Illustratorを駆使したスタイリッシュで個性的なイラストレーションで人気を誇る。広告や書籍カバー、CDジャケットをはじめ、企業、商業施設、ゲーム、アニメーション、ファッションなど幅広いジャンルで活躍。また、数々の独創的なプライベート作品にもチャレンジし続ける日本を代表するデジタルアーティスト。
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日本を代表するデジタルアーティストのひとりである上田バロン氏。愛用するAdobe Illustratorから生み出される、そのスタイリッシュで力強いイラストレーションは、一目で“上田バロン作品”と分かる際立った個性を放つ。このコラムでは、デビュー以来、自分らしい唯一無二の表現にこだわり続ける同氏に、デジタルツールのメリットや可能性、仕事にデジタルを取り入れる際の秘訣について語っていただきました。
バロンさんがデジタルで絵を描くようになったきっかけは。
学生の時にデザインの授業で「デジタルで描く」ことを経験したのがきっかけです。ボクが創作活動で愛用しているAdobe Illustratorと出会ったのもその頃です。でも、当時はIllustratorよりも、CGを使った3Dグラフィックスをメインにやっていました。社会人になってデザイン事務所で仕事をしていた時も、一番操作に長けていたボクが3Dグラフィックス専門みたいになっていました。
なぜ得意だった3Dグラフィックスの方向に進まれなかったのですか。
ボクが使い始めた頃は特にそうでしたが、3Dグラフィックスは、表現できることの幅や最終的な出来栄えが、使用するPCやソフトウェアの能力に依存し過ぎるところがあって、自分のなかで疑問や限界を感じていたんです。その点Illustratorは、価格もオペレーションも手軽で、デジタルの世界ではスタンダードなデザインツールになりつつありました。いわば、ペンや絵の具と一緒で、誰もが使える身近なもの。その普遍的な道具で、いかに自分らしさを発揮して、人を楽しませることができるか。道具の良し悪しではなく自分の個性で勝負がしたかったし、そこにこそ本当のやりがいや喜びがあるのではないかと気付いたんです。それがIllustratorをボクの表現手段にしようと決めた大きな理由です。
デジタルで表現することにはどのようなメリットがあるとお考えでしょうか。
Illustratorに限って言うと、やはりベジェ曲線を使ってベクターデータ(線データ)で絵を描けることでしょうね。ラスターデータ(写真データ)はどうしても解像度の問題があるから、拡大するとガタガタになったり、データが重くなったりするけど、ベクターデータであればどんなサイズに拡大しても、オリジナルのままの品質を維持できます。また、これはIllustratorに限らない話ですが、色についても同じです。デジタルで創った作品は、精度も色彩も創作当時のままの状態で取り出せる。つまり再現性に優れているんです。
作品が時間を超えていくイメージですね。
そうですね。リアルな作品は時間が経つにつれ、どんどん劣化していくけど、状態の変わってしまった作品が評価されることを作者は望んでいないと思うんです。例えば、古い仏像なんかも色のない状態で見ることがほとんどですけど、最初は鮮やかな色彩が施されていたものが多かったんです。きっと作者は、こだわって表現した当時のままの姿でちゃんと見てもらいたかったはず。デジタルであれば、それが可能になります。
それ自体にはカタチのないデジタル作品ならではのよさですね。
ええ。作品そのものはデータだから手に取ることはできないけれど、だからこそのメリットが他にもたくさんあるんですよ。例えば、描いたキャラクターを画面上で動かしたり、3Dグラフィックスにしたり。アウトプットする時も、ふつうの紙に印刷するだけじゃなくて、壁紙にしてみたり、屏風や襖などに仕立てたり、立体的なフィギュアにすることもできる。作品を自由なカタチに展開できる柔軟性もデジタルならではの大きな魅力のひとつと言えます。
デジタル化にはさまざまなメリットがありますが、実際には多くの業界で思うように導入が進まない現状があります。
デジタル化って「今までのやり方を変える」ってことでしょ。だから、そこに心理的な抵抗感があるのかもしれないですね。どんな仕事でもそうですが、これまで積み上げてきたやり方には実績や愛着があるから。でも「今までのやり方から変わってしまう」とネガティブに捉えるのではなく、デジタルを導入することで「さらなる高みを目指すことができる」と前向きに考えることが大事。仕事のやり方を見直したり、新しい知識や経験に出会える絶好の機会だと思います。
仕事にデジタルをうまく取り入れる秘訣のようなものはありますか。
デジタルで試した結果「これはアナログのままの方がいい」という結論だったら、それはアナログですべき仕事であって、無理にデジタルに置き換える必要はないと思います。でも、デジタルでできることは、デジタルにやらせればいい。ボクが作品を創る時もそう。Illustratorは、自分の描きたい真っすぐな線や美しい曲線を、思い通りに瞬時に描いてくれる。だからその部分はIllustratorに任せて、ボクは「何を描くか」、「どう自分らしく表現するか」、「どこまで納得できるものに近づけるか」というクリエイティブの部分に集中するんです。デジタルに支配されるのではなく、うまく使いこなす。つまり、自分の仕事のなかで「大事にしなくてもいいもの」を見極めることが重要です。
デジタルには創造性を高める力があるということでしょうか。
その通りです。デジタル化には、コストを削減したり、スペースを有効利用できたり、経験がない人でも同じ品質でできたり、いろいろなメリットがあるけど、一番はやっぱり、デジタルの力で無駄をなくしていくことで「時間」を創り出せること。そしてその「時間」を、よりいいものを創ることや、新しいものへのチャレンジに使えるようになることだと思います。
より“いい仕事”ができるようになるということですね。
そう、仕事が「進化」するということでしょうね。これって人類の進化の歴史と同じなんですよ。われわれ人類は、古代に狩りをして暮らしてきた時からずっと、新しいことをする「時間」を創り出すことで進化してきました。例えば、石器時代に火を使うことを覚えたことで、生肉を食べていた頃より食事の時間を短くすることができ、その余った時間で道具を作って狩りの成功率を上げ、植物を育てる時間を得て、農耕を始める。心にも余裕が生まれれば、食事を楽しんだり、石を削って装飾品を作ったりもできる。そういう時間創りと創造のサイクルを繰り返すことで、暮らしを発展させ、文明や文化を築いてきました。現代の仕事におけるデジタル化も、より創造的にいい仕事をして、生き残っていくために必要な「進化」のプロセスかもしれないですね。
デジタル化で一番大切なことは何でしょうか。
ボクがデジタルを使っているのは、それがボクの個性や創造性を引き出してくれるベストな手段だからです。だから、どんな仕事でも、デジタル化すること自体が重要なのではなく、デジタルを使っていかにその会社や働く人が持っている可能性を発揮させるか、という考え方がとても大切になると思います。人の能力や創造性って無限の可能性を秘めているんですよ。デジタルはその可能性を引き出してくれる。自分の力を存分に発揮して、いい仕事をして、たくさんの人を感動させたり、楽しませたりする。それって「とても幸せなこと」なんじゃないかと思うんです。