きらびやかな色彩をまとった一隻の屏風。その圧倒的な存在感に目を惹かれた瞬間、華やかでありながらも幽玄な金色の世界に引き込まれていく。そこには生命の輝きに包まれた杜に彷徨うロボットの姿が・・・。
上田バロン氏は、Adobe Illustratorを駆使したアメリカンテイストのスタイリッシュな作品で人気を博す日本を代表するデジタルアーティストです。POPで親しみやすいイラストレーションを生み出す一方で、「モダン」と「和の伝統」を融合した独創的な作品創りに挑み続けています。その最新作である「EDEN」にスポットを当てながら、同氏の作品に込めた想いや、日本の伝統美との出会いについてご紹介します。
まず「EDEN」という作品が誕生したきっかけについて教えて下さい。
「EDEN」は、「九×9 Final」というイベントのために制作した作品です。この「九×9 Final」は、九人の表具師と9人の現代アーティストがコラボレーションして、障子や襖、屏風、掛け軸といった「表具」の新しい魅力を発信するイベントです。主催は、創業117年を迎える和紙問屋のカドカワ株式会社さん。ライフスタイルの西洋化が進み、表具類の需要が減っていくなか、日本の伝統技術の素晴らしさや新たな可能性を多くの人々に知っていただくため、現代アート作品をトラディショナルな表具に仕立てて展示します。
どのような形で「九×9 Final」に参加されるのですか。
このイベントは、大阪の天王寺公園内の日本庭園 慶沢園にある茶室「長生庵」で開催されますが、今回ボクは四畳半のお茶室のプロデュースを任されていて、風炉先屏風、掛け軸、襖絵の3つの作品を出展する予定です。「EDEN」はそのうちのひとつである風炉先屏風に仕立てるための作品です。
※「九×9 Final」は、現在2021年10月12日~18日の開催予定となっておりますが、新型コロナウイルスの影響で変更の可能性もございます。
「EDEN」はどのようなテーマで創られたのでしょうか。
ボクは、もともと未来のことを空想するのが好きで、アンドロイドを主人公にした作品も多いんです。「EDEN」は、一言でいうと「機械仕掛けの人形が命を欲する物語」です。ロボットの性能ってこれからも加速度的に進化していくと思うのですが、いつかロボットたちが、自分たちにはない“人間的なもの”を欲しがるようになるだろう、という未来の世界をテーマにした作品です。主人公のアンドロイドが長い旅の果てに新しい楽園の入口にたどりついた場面を描いています。
“新しい楽園”にはどんな意味が込められているのでしょうか。
はるか昔、神に創られた最初の人間アダムとイブが、エデンの園にある禁断の知恵の実を食べてしまいこの世に追放されます。その人間が知恵を使って科学や文明を発展させ、ロボットまで生み出すようになった。そして今度はそのロボットたちが、人間が持つ「愛」や「憎しみ」などの感情、そして命までをも欲するようになり、ロボットのエデンの園を探す旅に出る。エデンの園は単なる昔話ではなく、現在や未来の物語でもあるのではないか、そんな想像や問いかけの意味も込めています。
特に美しく幻想的な金の色使いには目を惹かれます。
ボクは金や銀などのメタリック表現にこだわっていて、特に究極の金、ボクはそれを“金箔の輝き”だと思っているのですが、その美しさを活かした作品創りにチャレンジし続けています。「EDEN」もそのひとつです。自分らしいテーマや世界観を表現しながらも、茶室という和の空間に馴染む作品に仕上げました。金箔の上に印刷するのはなかなか難しいんですよ。だから、目の肥えた方々からも「一体どうやったの?」と驚かれました。
印刷にはデジタルUVプリンターを使われていますね。
絵の印刷には、ローランド ディー.ジー.社のプリンターを使いました。金箔の上にUVインクでプリントするのですが、輝きや風合いをイメージどおりに再現できるので満足しています。ローランドさんとは、これまでも何度か一緒に作品を創っているので、その経験や信頼関係のなかで安心して仕事をすることができました。ただ、誰もやったことのない表現にチャレンジすることが多いので、失敗もするし、いつも試行錯誤の繰り返しです。だから、ただ単に「プリンターで印刷します」という感じではなく、いつも「デジタル印刷の職人さんと一緒に作品を創り上げていく」という感覚です。表具師さんもそうですが、お互いをその道のプロとして信頼しながら一緒に仕事をする、という気持ちですね。
バロンさんといえば、アメリカンテイストのPOPで力強い作風をイメージしますが、一方で和の伝統的な技法を取り入れた作品も数多く手掛けられています。ご自身が京都生まれということも創作に影響しているのでしょうか。
ボクは京都の西陣の生まれで、母方の祖父が西陣織の職人をしていました。でも、父が転勤の多い仕事だったため、実は京都にはほとんど住んでいないんです(笑)。実際に子供の頃からずっと日本の伝統的なものにはまったく興味がなくて、むしろ海外のものに強く憧れていました。アメリカの映画や音楽が大好きでしたし、海外のダイナミックな文化や世界観に心惹かれていましたね。
そんなバロンさんが和の表現を意識し始めたのはいつの頃ですか。
京都の古いお屋敷の茶室に飾る絵を描く仕事がきっかけです。お題は「江戸の粋」。
普通は、“人物を描いて欲しい”とか、“植物を描いて欲しい”とか、ある程度具体的な要望があるのですが、「モチーフは何でもいいよ。それに納期も、納得のいくものができた時でいい」と依頼主がおっしゃったんです。
あまり制限がなくて逆に難しいオーダーですね。
ええ。最初は戸惑いましたけど、燃えましたね(笑)。依頼主の漠然としたイメージを自分なりに解釈して、満足いただける答えが出せるのか。これは自分がプロとして試されているんじゃないか、そう思ったんです。
作品の構想はすぐに固まったのですか。
ぜんぜん決まらなかったですね(笑)。まず、それまでまったく興味がなかった茶道について一から勉強を始めたのですが、いろいろなことを知るにつれ「コレは難しいなぁ」と。茶道は、日本を代表する文化のひとつ。伝統と格式、変えてはいけない型のある世界だから、ボクの個性や遊びのようなものが入り込む余地なんてないんじゃないか。そもそも、茶道という世界では、やってはいけない失礼なことなんじゃないだろうかと、とずっと悩んでいました。
そんな時に、ある茶道の宗匠に「新しい感覚を取り入れることは素晴らしいこと。遠慮せずにやればいい」と言っていただいたんです。ありがたかったですね。その言葉で「自分らしくやればいいんだ」と気持ちを切り替えることができました。
どのような作品になったのでしょうか。
絢爛豪華な衣装に身を包んだ「花魁(おいらん)」が、凛とした白獅子を従えて、艶然と微笑む立ち姿を描きました。「HACHI」という作品です。江戸の花街の花魁って、とても格式が高かったんです。容姿や立ち振る舞いに優れているだけでなく、茶道、華道、香道、書道、和歌、三味線、鼓、琴などのあらゆる教養や芸事に秀でた、いわば当時の超一流の文化人で、男性だけでなく、多くの女性たちの憧れでもありました。だから華があり、気品があり、自らの意志を貫き通す張りがあった。これぞ「江戸の粋」に相応しいと。結局、完成させるまでに一年半ぐらいかかりましたけど(笑)、依頼主にも気に入っていただくことができました。
とても苦労された作品だったのですね。
はい。でもおかげで、日本の文化や伝統をもっと知りたいと思うようになりましたし、日本の、そして京都の生まれであることの意味や、創作活動との接点を見いだすことができました。また、自分以外の人と一緒に仕事をする初めての機会にもなりました。ボクはデジタルで絵は描けますが、それをアウトプットしたりカタチあるものに仕上げたりするプロではありません。それまでは、作品は自分ひとりで作るものと思い込んでいましたが、この仕事で、印刷をお任せする担当者や表具師さんといった異なる分野のプロたちと、ひとつの作品を作り上げていく面白さや難しさを知りました。「EDEN」をはじめとする和の技法を取り入れたその後の作品群を生み出すきっかけにもなりましたから、「HACHI」は間違いなく自分の人生を変えた作品のひとつですね。
今後チャレンジしていきたいことや夢はありますか。
日本だけに留まらず、もっと世界に出ていきたいですね。作品そのものだけでなく、何を描くかとか、ボクの表現に対する考え方やプロセス、こだわりについても知ってもらいたいですし、未知の世界を知ることで自分の作品ももっと進化できるんじゃないかと。特に、同じ仕事をしている人やさまざまな分野のプロの人たちに興味を持ってもらいたい。「上田バロンって楽しいことやっているな」って。それもアーティストとして価値のひとつだと思っています。そんなふうに評価してくれる人が増えていけば、結果的により多くの人々に作品を楽しんでもらえるようになるはず。だから、これからも自分にしかできない魅力的な作品を創り続けていきたいと思っています。
上田バロンさんの作品をもっと楽しみたい方は「上田バロン作品集 Baron Ueda Works Collection-EYES」(玄光社)をぜひご覧ください。
http://frlamemonger.com/works/archives/567