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スペシャリストコラム

玩具におけるインクジェットプリンターの実例

おりも みか

おりも みか
製造業ライター

前職の国内大手玩具メーカーでは、生産技術と品質管理を担当。
主に中国・日本国内にて、プラスチック製玩具、雑貨、遊戯機器などの開発・製造管理や、安全規格に関する試験・評価を行う。
中国工場におけるセル生産ラインの新規立ち上げを担当。CPE、CPE-ME(生産技術者マネジメント資格)を取得している。
現在は製造業を中心とした技術系ライターとして、企業のホームページ、WEBメディアなどで解説ページやコラムの執筆を行っている。

前回(玩具の加飾―その種類と展望)は、さまざまな加飾の手法についてお話ししましたが、ここで実際に玩具生産においてインクジェットプリンターを使用した事例についてご紹介します。

取材先の紹介

タムスの紹介

左: 中国広東省のタムス珠海工場
右: 社長のTam King Hing(譚景興)さん

今回ご紹介するのは中国広東省珠海に工場があるTam’s Industrial Co., Ltd.(以下タムス)です。
中国の珠海は、香港や深センに近くマカオとも接しているという立地上の利点を生かし、20年ほど前から電子基板やIC関連など、多くの日本企業を誘致している町です。

タムスは彩色を得意としており、特に15歳以上をターゲットとした大人向け・高価格帯の玩具を製造しています。
現在の従業員は800人程度と、中国の玩具工場としてはそれほど大きな規模ではありませんが、日本の大手玩具メーカーの商品を製造するなど、技術力に定評のある会社です。売上の95%は日本向け、残り5%はアメリカ向けと、海外の品質基準に適合しています。

タムスは自社のオリジナル製品を持たず、日本やアメリカの玩具メーカーから注文を受けてアイテムを生産しています。クライアントから3D図面データを受け取り、金型、成型、塗装、組立、出荷までを一括で行っています。中国ではダイキャストのできる工場が減っているため、ダイキャストを使用したロボットやミニカーなどが主力の製品となっています。
また、高度な金型技術が必要となるプラモデルなどのプラスチック製玩具も多く生産しています。

インクジェットプリンターの導入

タムスがインクジェットプリンターを導入したのは10年前です。
2011年当時、プラスチック製玩具にインクジェット印刷を行うことは少なく、玩具工場としては他工場へ先駆けての導入だったため、手探りながらもさまざまな工夫を行いながら量産を行っていました。

電車模型のプリント例01
電車模型のプリント例02

イラストが印刷された電車模型のイメージ

インクジェットプリンターを導入したのは、日本向けの電車模型に4色(CMYK)のフルカラーイラストを印刷して欲しいというクライアントからの要望に応えるためです。アニメキャラクターなどが印刷されたラッピング電車を模型で再現する必要がありました。

量産印刷の流れ

インクジェットプリントは複数のパーツに均一な印刷を行うため、最初の調整が最も大切です。
まずは、印刷対象物を固定するための精度の高い治具が必要です。工場では金型の切削も行うため、CNC加工機を使用してパーツがピッタリと嵌る治具を製作しています。
この治具は反りが発生しないよう、厚みのある固いプラスチック板を用います。

量産印刷の流れ
実際の治具

パーツ固定用に製作された専用治具

タムスで生産していた電車のパーツは一度に150個を印刷します。
その全てがズレないようにする必要があるため、パーツ裏の形状に合わせて治具を掘り出します。
データの位置調整も重要で、熟練のオペレーターでも3~4時間は調整に時間がかかります。一度すべて印刷して、ズレがあれば修正するという微調整を5~6回繰り返し、最後に300個程度印刷して、正確に加飾できることを確認してから、初めて量産をスタートすることができるのです。

治具にパーツをセットする作業員は、技術や経験よりも適性を重視します。パーツが少しでも浮いてしまうとズレが発生してしまいます。また、印刷をきれいに行うためにノズルとのクリアランスをぎりぎりまで狭くする必要がありますが、パーツが浮いているとノズルに触れてしまい、ノズルに傷がついてしまいます。こうなると交換しなくてはならないので、丁寧に作業をすることが得意な作業員を選ぶ必要があります。

インクジェット印刷のメリットとデメリット

タムスでは、インクジェットプリンターの導入前はタンポを使用してラッピング電車を印刷できないかと検討しました。
しかし、タンポ印刷は1色ずつの印刷となるため、多色には向いていません。
例えば、タムスで生産しているフィギュアなどは、目のパーツだけでも14枚ものタンポ版が必要になります。カラフルなラッピング電車では、数百工程にもなってしまうのです。工程数が増えればその分不良率も増加します。

また、タンポ印刷も治具に嵌めて印刷するという工程自体は同じですが、作業員は同時にインクの粘度やパッドの消耗の管理も行わなくてはなりません。熟練の作業員では不良率は3%程度ですが、パッドの消耗に気が付かなかったことで、1工程で20%超もの不良を出してしまったこともあります。1工程でも失敗すればそれまでの作業は全て無駄になってしまうというリスクがあります。
日本向け玩具に求められている基準はとても高く、工場では拡大鏡を用いて肉眼では見えないほど小さな印刷不良も確認しています。

インクジェットプリンターは最初の調整は大変ですが、そこをしっかりと行えば、量産での不良を抑えることができるのは大きなメリットとなります。

さらに、作業員に経験や特別なスキルが必要ないということも、工場としては重要です。中国では現在、作業員を集めることが大変難しくなっています。人件費の高騰も課題です。そのため工場では常に自動化が進められないかを検討しています。
タムスでは、マスク塗装、丸吹き塗装の8割を自動化しています。他にも成型品のゲートカットは自動化しました。インクジェットプリンターがもっと活用できれば、さらに自動化が進むと考えられます。

しかし、インクジェットプリンターには、曲面や凹凸のある面に印刷するとインクの散りやドットの粗さが目立ってしまうというデメリットもあり、現状ではすべての塗装や印刷をインクジェットに代替することはできません。

まとめ

中国でも人件費の高騰、熟練作業者をはじめとする良質な労働力の確保が困難という問題に直面しています。その打開策として自動化という流れは大きく進んでおり、インクジェットプリンターに対する期待値もまた上昇していると感じました。大人向けの玩具は日本のみならず中国でも流行しており、玩具業界での導入はさらに進んでいくことでしょう。



取材協力
Tam’s Industrial Co., Ltd.
http://www.tams.com.hk/

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