ビジネスの概要
東京の中心を流れる川々に面し、伝統工芸と町工場が集まる葛飾の下町は、クラフトマンシップの空気が漂う。それでいて、どこか人情味も同居するノスタルジックな雰囲気を感じながら路地を歩くと、ひと際大きく、シンプルでしっかりとした佇まいの建屋が目に飛び込んでくる。長きに渡り、この地で日本の皮革産業を支えてきた、長坂染革株式会社の工場だ。同社は、植物タンニンによりなめされた伝統的な「キップヌメ革」を主とした本革素材への染色、仕上げ工程を一手に引き受けるプロフェッショナルである。
皮革産業は、なめし工程に始まり、染色や革漉き、型押し、ネット張りなど、各工程が専門性を要するため、細分化したプロセス毎に専業化が進んだ産業である。なかでも、なめした直後のクラスト革にさまざまな染色やワックス、アンティーク仕上げやシュリンク・モミによるシボ加工など、天然素材を最大限に特徴づける「染色・仕上げ」工程は本革の命であり、重要な工程。特にオリジナルワックスにより生み出される一級のツヤは、鞄、バッグ、小物類やベルトといった最終製品の質感を見事に高める、職人の伝統を脈々と受け継いできた「葛飾レザー」の真骨頂である。
デジタルソリューションの用途
長年の経験により研磨されてきた職人技法が集積する長坂染革の作業場。その中には、ひと際目を惹くクリエイティブな表現が施された革素材が並ぶ。それは、インクジェット手法によるデジタル加飾が施されたプリント革である。さまざまな代替え素材が誕生し、産業構造が変化する中で、同社は一貫して天然革の風合い、豊かな表情、またその機能性が人々にもたらす価値に情熱を傾け、常々新しい染色技術を導入し、試行錯誤を続け、新たな価値を提案してきた。市場でもいち早く、20年も前から産業用インクジェットプリンターを導入。革の加工法を熟知した同社のアナログ手法と組み合わせることで生まれるグラフィカルかつアンティークな革表現は、デザイナーのクリエイティビティを刺激し、革製品をプロデュースするブランドやショップの思い描くイメージを具現化する役割を担ってきたのである。
そんな長坂染革の技術開発はとどまることを知らず、さらなるユニークな表現手法を求め、近年UV硬化技術を使用したフラットベッド式のインクジェットプリンターLEF2-200を追加導入した。UVインクジェットプリンターは染色済みのさまざまな色の革に、隠蔽性が高いホワイトインクの下地レイヤーを印刷することが可能で、その上にフルカラーで印刷を行う。革の表面でインクが硬化することで、印字しない革表面との対比・メリハリを持たせた仕上がりが可能ということだ。グラフィカルなオブジェクトをワインポイント、ぱっきりと革素材上に際立たせるニーズを取り込むのがねらい。近年ECサイトを活用して革製品の製作、販売を行うクリエイターが増えたことで多様化しているデザインのニーズを、前述のプリンターとUVプリンターを使い分けることで、しっかりと取り込んでいくことができる。
また同社では、UVプリンターが搭載する特殊インクに着目。それをコントロールすることで、インクに厚みを持たせた凹凸感のある表現も自由な形状で印刷することができる。この手法により、同社では立体感のある疑似的なテクスチャ表現を提案。革製品ブランドの小物への加飾などに採用されている。
デジタルソリューション導入前後の比較
Before
- 産業用インクジェットプリンターを駆使し、天然革の表情、風合いをそのまま活かした、アナログとデジタル手法を融合させたプリント革を提案。デザイナーやブランド、アーティストに好評を得る。
- インクジェットによる革プリントが普及しつつある中で、新しい特殊な表現手法を確立したかった。
After
- UVインクジェットプリンターを新たに導入し、隠蔽性の高い白インクで濃い色地の革素材にメリハリのあるグラフィック表現が可能に。
- インクを厚く盛った凹凸のあるプリントにより、特殊表現が提案可能に。
- 溶剤プリンターとUVプリンターを使い分けることで、デザイナーやブランド、ハンドクラフトアーティスト向けに、幅広くクリエイティブな表現を提案できるようになった。
導入の決め手
- LEF2-200が搭載するUVインクが革素材に対して柔軟で、曲げても割れにくい。
- ホワイトインクの循環機構により、安定して隠蔽性の高い印刷ができる。
- 凹凸感のある特殊表現に長けている。
今後の展望
国内の天然皮革産業を守り、葛飾の地域社会を代表する一員として、この瞬間も新しくクリエイティブな技術手法の開発を継続し、経験豊かな職人技術と最新のデジタル手法が融合したユニークな表現を生み出し続けいく。